通貨は、価値を守るための道具だと思われがちです。
給与も貯蓄も通貨で表されるため、通貨そのものが安定した基準であるように見えるからです。
インフレ率が低く抑えられている間は、この事実は意識されません。ただ、インフレは必ず累積します。通貨は短期では安定していても、長期では価値を削られていきます。
この前提に立つと、投資の位置づけは変わります。投資とは、通貨で持ち続けることを選ばず、価値を生み出す対象に形を変える行為です。通貨がいずれ価値を失うなら、投資は積極的なリスクテイクではなく、合理的な選択になります。
本記事では、通貨が長期の価値保存に向かない理由を整理したうえで、なぜ投資がその対案になるのかを考えます。
現代の通貨制度はインフレを前提としている
現代の通貨制度において、緩やかにインフレが進行することを明確な政策目標として位置づけられています。
中央銀行は、物価が安定的に上昇する状態を望ましいものとしています。物価がまったく上がらない、あるいは下がり続ける状況は、経済活動を停滞させやすいからです。そのため、通貨の購買力が時間とともに下がることは、制度上あらかじめ織り込まれています。

つまり、現代の通貨は価値を固定するための道具ではなく、経済を調整するための道具として設計されています。
インフレは必ず累積する
インフレの影響は、短期では実感しにくいものです。しかし、時間を少し引き延ばすと、通貨の性質ははっきり見えてきます。
例えば、昭和の初め頃、1円あれば駄菓子や簡単な軽食を買うことができました。戦後しばらくの時代でも、1円はまだ意味のある金額でした。
ところが現在、1円で買えるものはほとんどありません。円は同じ円であり続けていますが、購買力は大きく変わっています。これは円が失敗したからではなく、インフレが長い時間をかけて積み重なった結果です。
重要なのは、この変化が突然起きたわけではない点です。一年単位で見れば、物価の上昇はごくわずかでした。それでも、その小さな変化が何十年も続いたことで、1円の意味はほぼ失われました。

この例が示す通り、通貨は短期では安定して使える一方、長期では価値を保存できないという性質を持っています。
ハイパーインフレは通貨の死が可視化された状態
ここまで見てきたように、通貨の価値は時間とともに徐々に削られていきます。ハイパーインフレは、その過程が一気に表面化した状態にすぎません。
ワイマール共和国では、第一次世界大戦後の財政負担を通貨発行で賄った結果、物価が急騰しました。紙幣は存在していましたが、価値を保存する役割は失われ、人々は通貨を受け取るとすぐに物に換えようとしました。通貨は使われていても、もはや信用されていなかったのです。
ジンバブエでも同様です。慢性的な財政赤字を通貨発行で埋め続けた結果、インフレ率は制御不能になりました。最終的に自国通貨は放棄され、外貨が事実上の通貨として使われるようになります。これは、通貨が制度として役割を終えた明確な例です。

これらの事例は、特別な国だけの話ではありません。構造はこれまで見てきたインフレと同じです。違いは速度だけです。
だから投資する
通貨は、支払い手段や短期的な安全資産として必要不可欠です。しかし、ここまで見てきた通り、通貨は長期間にわたって価値を保存することを目的に作られていません。インフレが続く限り、通貨の購買力は少しずつ低下し、価値は失われていきます。
通貨が長期で価値を失うなら、考えるべきことは単純です。投資を通じて、通貨を価値を保ちやすいものに置き換えれば良いのです。
投資とは、通貨をそのまま持ち続けるのではなく、別の資産に変える行為です。株式投資であれば、保有するのは通貨ではなく企業です。企業は物やサービスを提供し、価格を調整しながら利益を生みます。その結果、長い時間では通貨よりも価値を保ちやすくなります。

通貨は長期で価値が下がるという前提を受け入れ、その影響を受けにくい形で資産を持つことが、投資を行う理由です。
まとめ
通貨は、支払い手段や短期的な安全資産として不可欠ですが、長期で価値を保存するものではありません。インフレが続く限り、通貨の購買力は少しずつ失われていきます。この前提を受け入れた上で、その影響を受けにくい資産に置き換えていく行為が投資です。通貨を使うことと、価値を保存することは役割が異なります。長期の資産形成では、通貨にすべてを委ねない姿勢が重要になります。





コメント